2007年6月号 レッスンの友
誌
インタビュー
デュオの奥深さに心底魅せられていくうちに、真のパートナーシップが生まれた
二人で一つの音楽を結実させていく、難しさと素晴らしさ。デュオの奥深さに心底魅せられていくうちに、競い合いつつ高めあう、心のパートナーシップが生まれた ―――「ピアノ・デュオ 藤井隆史&白水芳枝」。
ピアノ・デュオというと、連弾にしても二台ピアノにしても、本番の舞台で楽譜を見ながら弾くことが多いが、この二人は、楽譜がなければ演奏不可能な現代曲のような場合以外、一切楽譜を見ないという。常に真剣勝負。デュオも、ソロで弾くことと同じモチベーションで、というのがこのペアの信条だ。
東京藝術大学を卒業し、ドイツのマンハイム音楽大学で学んだ、ソリストにしてデュオの、同い年のペア。
一昨年にはご結婚なさったという、仲の良いお二人である。
欧米や日本各地において既に幅広い演奏活動を展開しているが、来る六月二十七日、東京文化会館の小ホールで、デュオの正式な東京デビューを果たす。
デュオ曲の魅力を多彩に盛り込んで
――今度の東京デビュー・リサイタルですが、どのようにプログラムをお決めになったのですか?
白水 かなり悩んで曲目を何度も変えたのですが、結局は私たちが今一番弾きたい曲と、ピアノ・デュオのレパートリーの中でも比較的馴染みの深い曲を混ぜました。
藤井 まず最初が連弾で、シューベルトの〈幻想曲D.940〉。あとは全部二台ピアノです。ブラームスの〈ハイドンの主題による変奏曲 作品56b〉。これはブラームス自身が、同時期に二台ピアノ版と管弦楽版に書き上げたものですね。それから、ショスタコーヴィチの〈コンチェルティーノ
作品94〉。ショスタコーヴィチといってもまあ、耳に心地よいというか・・・・・。
白水 親しみやすい曲です。ショスタコーヴィチの、表向きはソヴィエトに迎合しながら、心の中では、本当にこれでいいのかという葛藤を表わしている。ちょっと斜に見て笑う感じですね。
藤井 次のストラヴィンスキーの〈二台のピアノのためのコンチェルト〉は四楽章形式なのですけれど、パズルみたいなんですよ。第三楽章がヴァリエーションとなっているのですが、テーマはなぜか第四楽章に出てくる。
白水 練習を重ねて、重ねて、その良さが見えてくるというか。やればやるほど発見があるので、できる限り読解して、私達できちんと表わせたらと思います。
藤井 新古典主義のちょっと乾いた感じですね。僕がすごくきれいなテーマを弾いたら彼女が茶化したり、逆に僕がぶち壊したり。分からないなりに楽しんで聴ける、そんな曲です。
白水 プログラム最後の尾高尚忠さんの〈みだれ〉は、とてもよく弾かれる曲です。
藤井 四度や五度の響き、日本的な音階と、あと僕は、印象派的な音楽を感じるんですね。
白水 抒情的な部分が二ヵ所はさまれているのですが、そこではフランスの音がとてもよく聞こえてくるんですよ。
藤井 全体としては、日本の情景。桜が散っている場面とか。僕らはこの曲をアメリカでも弾いたのですが、これは絶対に日本人の曲でしょうというのが分かる、郷愁を呼び起こす曲です。
絶対デュオに専念すべきだ!と思った
――ピアノ・デュオを始めたきっかけは?
藤井 ドイツのマンハイム音楽大学へ、僕は1999年からで、彼女は2000年から留学したのですが、ソロの課程を終えた時、まだ何か勉強できるのではないかと考えたんです。それで新しく勉強するのに、ピアノ・デュオってどうだろう?と。ドイツの大学にはピアノ・デュオ科が三つあって、その一つがマンハイム音楽大学にあったんですね。まだだれも勉強したことがない課程だったのですけれど。
デュオ科は二年間、二人の教授から一週二時間ずつレッスンを受けます。デュオ科に入った時が2004年、30歳だったのですが、長い人生から見たら貴重な二年間になると思った。それに僕らがソロでずっとレッスンを受けていたロベルト・ベンツ先生と、もっと勉強したいという強い気持ちがあったものですから。
実際にデュオを始めて、曲を探してみたら、こんなに曲があったんだと気付かされました。ピアノのこと、知っているようでいて、こんなに知らなかったんだと。
「君たち、ピアノ・デュオ科に入ったんだって?」と、ヴァイオリン科の先生などからも声をかけられて、こんな曲がある、あんな曲があると教えてくれた。皆さん、ピアノ・デュオの曲をよくご存知なんですね。
――ヴァイオリンの先生が、ピアノ・デュオに詳しかった?
藤井 そうなんですよ、ピアノの先生はもちろんなのですけれど。ドイツ人の友達もみんな、いろんな曲を知っていて。
白水 「何勉強してるの?」と聞かれて、これこれよ、と答えると、「あ、それいい曲だよねぇ」と普通に言うので、すごいなあと。
藤井 やっぱり歴史を感じましたね。僕も楽譜を見て、二人で練習を進めていくうちに。これは二年間、絶対デュオに専念するべきだ!と思った。
これだよね!という瞬間
――デュオに取り組むのに、まずどんなことが大切でしょうか?
藤井 連弾の時も、二台の時もなのですが、自分の音と音楽に責任をもった上で、デュオを一緒に練習し始めること。とりあえず、それぞれがしっかり弾けることだと感じています。
白水 二人の音が混ざるから、ごまかせるかな?と思うところもあるかもしれませんが、実は全然そうではない。自分が責任をもった音、自分が出したい音というものをもっていない限り、やっぱり音楽って一つになっていかないと思うんですね。
分かれての練習と、一緒になって弾くことの難しさ。彼とは十年くらい一緒にいて、では始めましょうとデュオを始めたのに、彼は音楽に対してこんなことを思っていたのか!とか、動じてここはこういう風にならないのだろう?とか、驚いたこと、不思議に思ったことがどんどん湧いてきた。でもそれも、お互いがちゃんと理論的に説明できないと、なあなあになってしまいます。
藤井 お互いが子供の頃からピアノを弾いてきて、長い間一人でピアノと籠もって何時間も、という感じでやってきましたから、それぞれが“自分のピアノ”というものをすごくもっている。でもデュオでは、どこか譲らなければなりませんよね。どの音を出してどの音を抑えるか、ここでペダルを踏むか踏まないか・・・・・その選択と決断。この歳でデュオを始めて良かったなと思うのは、それぞれに考えがあっても、譲歩して一つの音楽を作っていけるようになったことですね。もちろん、絶対こうだ!と思うことも大事ですが、あり過ぎると難しいんじゃないかな。僕たちの先生もよくおっしゃるんです。「あまりよくないデュオというのは、ソロよりも倍悪く聞こえる」って(笑)。
白水 連弾の場合にしても、単に一番上の音と一番下の音が出ればいいかというと、そうじゃないですよね。この音をどうするか、こっちはどうするか、という細かい作業を二人でやっていくので、いくら時間があっても本当に足りなくて・・・・・。それが出来上がって一つの音楽として聞こえてきた時の喜びは、ソロで悶々と練習するよりずっと、これだよね!っていう瞬間がある。だから楽しいのかな。
――デュオも暗譜で弾くのですか?
藤井 僕らはデュオもソロも、同じ自分のモチベーションでやっていきたいというのが最初からあって、デュオもよほどの現代曲でない限り、暗譜した方がいいなって思ったんです。それだけ同じ価値があるから。
ある意味、相手のパートも暗譜するということですね。緊張感と集中力が必要な、途方もない作業ですが、ピアノ・デュオはソリスト二人が一緒にやるものだという、それぐらいの意識があってこそやる価値があるんじゃないかと思っています。
緻密さと大らかさのハーモニー
――プリモ(第一ピアノ)とセコンド(第二ピアノ)の割り当ては、どうやって決めるのですか?
白水 曲によって決めています。シューベルトぐらいまでの古典的な連弾は、響きから見て基本的に私がプリモですね。プリモにもっとしっかりした音色が欲しい曲の時は、彼がプリモです。
藤井 二台ピアノでは、僕がプリモの時が多いです。プリモが好き。目立ちたいというか(笑)。
白水 私は下から支える系のセコンドが好きなのです(笑)。
藤井 それぞれが両方経験するといいと思うんです。両方の音のバランスが経験できるし、お客様から見ても変化があって面白いですから。
――お互いのピアノの良さについて、言い合ってみてくれませんか?
白水 私は、彼の音がすごく好きなんです。彼はソロの時にドイツもののバッハやシューベルトを弾くことが多いのですが、どう弾けば一番いい音がするのかを考えた音の作り方をしている。それが観客として聴いていても、とてもよく伝わってくるので。
あと、ものすごい練習をするところですね。小節ごとの練習。細かい練習ばかりで、いつ聴いても同じパッセージ。それがどうつながっていくのだろう、どんな音楽になるのだろうと疑問なのですが、本番を聴いた時に、あぁ、この音を出すために練習していたんだ!というのが分かる。
藤井 音楽を性格的な面から言うと、彼女はすごく大らかで、なんでも許せる、許容範囲が僕なんかより断然広い。だから僕が、思い切って自分のやりたいことができたりするのではないかと思います。
彼女の練習は比較的、最初からプログラムを全部通して、流れがどうだったかというやり方。最近は僕もそのやり方を、彼女から学んでいるんです。
僕とは全く違う方面からの攻め方なので。
それから、女性ならではの繊細な、たおやかな音色。僕にはそういう音は絶対に出せないと思ってしまう。
――それでは最後に、皆さまへのメッセージを…。
藤井 デュオを演奏すると、音楽って本当に楽しいと思う瞬間や、お客様との一体感を感じる喜びが、ソロのときより倍増するんですね。
人間の様々な感情、音の色や香りを、二人で奏でる。その可能性の広がりを、一人でも多くの方に聴いていただきたいです。
白水 今私達がやっている、楽譜を読み込んで、作曲家と曲の背景を知って、それを音にしていくという作業。それを大切にしたいですね。一回一回が真剣勝負で、今の瞬間出来る精いっぱいのことをやっておりますので、ぜひそれを感じていただければと思っています。
――有り難うございました。
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