08/12 「僕を支えてくれるもの その1 宅配便」 藤井隆史

「お荷物です」

げ、またこの人だ。

彼の声を聞くと、僕は固まる。
楽だし、届くと嬉しいはずの宅配便も、配達人によってはその時間が、少しだけ苦痛に感じることもある。

買い物にはあまり適していない場所に住む僕は、水、ジュースなど重いものはもちろんのこと、食糧品、ビタミン剤のセット、スキンケア製品、養命酒、事務作業に必要な紙や封筒、たまに部屋着などもネットで買い、出先の買い物や旅行先でたまってしまった荷物、実家からのものなど、何でも宅配便で送ってしまう。
また荷物の集荷、日ごろお世話になっているメール便もまとまると家まで取りにきてくれるから(←コンビニに出しに行くと、結構時間がかかり申し訳ない)、これは有り難い。

買い物も、スーパーにちょこちょこ行くくらいなら、ネットで注文する方がゆっくり選べて、よたよた帰ってこなくてよいし、想像よりも良い品が送られて来て、たまにおまけもついてくるし、お薦め。
最初の頃は、「人として、買い物くらい行ったほうが」と思い、何度かスーパーに足を運んだものだが、断然ネットスーパーの方が、良い。

配達指定は経験上、何も予定がない日の12時-14時。自由業だからこそなせる時間帯だ。
知り合いの方にはだいたい「荷物はこの時間帯で」とお願いしているのだが、見事に「午前中指定」で来るものも結構あり、そんな場合は居留守を使うわけにもいかず、朝が遅い僕は、かなりみっともない格好で宅配便の方の応対をすることになる。
夜遅くの指定にすると、予定より随分遅くに来たり、集荷を頼んだのに「忘れてました!!」ということや、僕がその時間帯に帰れると思ったら、間に合わなかったということもあった。

んで、その冒頭の配達人の彼との付き合いは、早く彼の配達区域がかわってくれないかと願うものの、結構長い。

そもそもは僕の最初の対応があまり良くなかったのだろう・・・午前中に荷物が来たとき(かなり朝早かったように思うのだが)、僕が寝ぼけていて、
「・・・・ふぁい」とチャイムには出たものの、オートロックのマンション入口のドアを開け忘れ、ただぼーっと玄関で立っていたときにもう一度チャイムが鳴り、

「・ ・ あ け て く だ さ い  」

と非常に冷静な声。自分の状況を即座に判断し、ようやくドアを開け応対した。
それ以来か、彼の対応はずっと冷たく、それほど深い付き合いでもないのに、何なんだ、このトーンは、といつも思うのだが、これが彼のキャラクターなのだろう、と思うことにしている。

僕が一番恐れているのは、彼はサインではなく、絶対にハンコを要求すること。

同じ宅配の他の人でも、「サインでも構いませんので~」と満面の笑顔で、最初からボールペンを差し出してくれるのに、彼は

「ハンコ ください。」

と、ハンコを受け取る姿勢の、2本の指(親指と人差し指)の形を崩さない。
まるで、エアハンコを持っているかのように。
しかも、玄関の戸が開いてから、ずっと。

最初のころ、玄関の戸棚のどこにハンコを入れたかわからず、ごそごそした挙句、
「あの、サインでもいいですか・・?」と聞いても、

「ハンコ。おねがいします。」

しか言わない。

それ以来僕は、彼の声を聞いたら何はともあれ、まずハンコを探し、身支度をしてドアを開けることにしている。
今まで以上に時間がかかるようになり、彼はドアの向こうでさぞやいらいらしていることであろう
(くくく)。

基本的に宅配便の人は気さくな人が多く、「そんなに腰を曲げなくてもー」という丁重な人や、ちょっとした話をして帰る人もいるのに。
彼に会うと、少し損した気がする。

最近、そのハンコの彼が朝担当ということに今更ながら気づき、その宅配業者を使う方には、「必ず、午後指定にして下さい」とお願いするようにしている。
彼とのお付き合いも、ここまでだろうか、と期待しながら。

 

先日は夜遅くに、

「ハ~ハ~ たっきゅうびん ですぅ ・・・は~・・・す~(沈黙)」

という、非常に怪しい人が来て、とりあえずマンション入口ドアを開け、玄関の穴から慎重に覗くと、お腹の辺りに何かを抱え込んでいる、一人のおじさん。

大丈夫か~、これ、出ても・・・と思いながらそーーっとドアを開けると、そこには、先日ネットで大量注文したコピー紙の箱を抱え、ほとんどうずくまっている状態の、宅配便の方。
重くて大変なのに、疑って申し訳なかった、おじさん。

空港や実家に送るために集荷をお願いした重い荷物も、中身がパンパンのスーツケースも、よほど大きいスーツケースは別として、彼らは絶対下に置かず、担いで持ってくれるのだが、そういうときに限って、
「あの、大丈夫ですか?」と心配をせざるを得ない、初老の方だったりする。
何とかならないものか。

「僕はピアニストだし、重いものを自分で持たなくていいように、何でも送ってもらおう!」と決意して以来、僕の生活を支えてくれている宅配便。
原油高騰により、配送料にも影響が及んできそうだが、末永くお付き合いをお願いしたいものの一つである。

藤井隆史


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